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Diary

メルボルンの太陽に照らされて


■ 内面も外面も美しい人
[ 24 ] ■ 投稿日 2006年03月08日 (WED) 18:46:29
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日本では、大きなニュースでないのが残念だが、Dave Reeveさんが亡くなったニュースを見て涙がこぼれた。スーパーマンを演じた俳優クリストファー・リーブの奥さんだ。彼は落馬事故で全身麻痺になり、2004年に他界した。

ご主人が他界されてから1年以内に肺がんとの闘病生活を発表していたのを僕は知らなかった。喫煙者でもないのに肺がんになる女性の確率は、男性の2倍らしい。アメリカのニュースは、肺がんの研究予算を引き上げるようにアピールしている。

Daveさんによるクリストファー・リーブへの献身的な介護は生きることへの意味を考えさせ、家族の愛や生きる勇気を教えてくれた。

歌手であり、女優であったDaveさんの映像は、内面も外面も美しく、彼女のような素晴らしい人が世の中にいたという事実だけにも、とてもありがたく思える。

このような人物の精神を少しでも自分の人生に採り入れ、美しい人生を歩んで行けたらと、自分を見つめなおした。

■ 事の始まりは...
[ 23 ] ■ 投稿日 2005年12月26日 (MON) 11:04:21
[ FILE: SunsetNarita.JPG(38239 Byte) ]
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友佳ちゃんが引退した。なぜ彼女を応援することになったのか。もう時効だから、そろそろ書いても良いだろう。

2000年の暑い夏の日、僕はお盆休み返上で研究に取り組んでいた。学位をとるためである。1997年に米国から帰国し、研究を継続していた。仕事と学業が重複しているとはいえ、取れない可能性も少なくない。色んなものを犠牲にしての取り組みだった。

日本の論文誌には採択されるのに、著名な外国の会議では何度も不採択を食らう。日本ではもてはやされるのに、海外からの不採択のコメントでは自信を失う日々だった。自分でコントロールできない悔しさ。誰にもわかってもらえない気持ち。

そんな時、息抜きでAOLで遊んでいたら、ある女性とチャットすることになった。ニューヨークにいるという。しかも、テニスプレイヤーだという。USオープンの予選の時期である。

誰のファンかと聞かれた。たぶん、その子の名前を言えば、ベストだったのだろう。その頃、日本選手に興味がなかった僕は、とっさに答えることができなかった。当時、伊達さんなどトップランカー以外の日本選手の印象はほとんどなかったのだ。

その日から、急に日本人選手のことが気になりだした。そんな中、友佳ちゃんのホームページを発見した。何とアットホームなつくりだろう。しかも、本人は一生懸命、海外で孤軍奮闘している。彼女の名前は、高校を卒業し、プロになったことは知っていた。しかし、実際どういう日々を送っていたのは知らなかった。

グランドスラムの予選に出る日本人選手は精神的にも体力的にも金銭的にもギリギリのところでふんばっている。これは応援せねばなるまい。

友佳ちゃんがチャットをした相手でないことは、すぐにわかった。でも、テニスへの正直さ、ちゃんと返事をくれるところなど、人を思いやることができるとても素晴らしいプレイヤーだとすぐにわかった。

何だか、自分以外にも自分の夢に向って、もがき苦しんで、頑張っている人を見て、共感を感じた。彼女を応援することになったのはそれからだった。

翌年、春に学位を無事取得することができた。しかし、人生の目標が達成されたわけではない。それは始まりであり、終わりではないことに取得して初めて気づいた。夢は果てしなく続く。そして自分の夢と現実のギャップで悩む日々は終わらない。

友佳ちゃんも引退したからと言って、目標がなくなったわけではないだろう。次の目標に対してまっすぐに進んで行って欲しい。

■ Roman Holiday
[ 22 ] ■ 投稿日 2003年08月14日 (THU) 23:23:46
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学生時代に受けた忘れられない英語の授業がある。映画のセリフやスピーチを映像を交えて解説してくれた。そこで、初めて、クラシック映画である「ローマの休日」を見た。ストーリーは、ヨーロッパ各地を過密スケジュールで訪問する王女アンが、たった1日だけ公職を抜け出して、羽を伸ばした際の騒動。

相手をするのは新聞記者。王女の休日を写真入りでスクープすれば、特ダネ間違いなしと思い、近づく。そこで、俗世間から離れていたアンが、生き生きと自分を取り戻す姿に親近感と使命感を抱く。

また、あまりにも住む世界が違う二人のたった一日だけのデート。僕が関心したのは、公務に戻った際に開かれた、記者会見でのスピーチのシーン。イギリス英語がとても美しい。当時、覚えた熟語は今でも忘れない。

ある記者が聞く。「どの都市がもっとも楽しかったでしょうか?」王女がシナリオ通りに答える。「それぞれの都市は忘れがたく、甲乙をつけるのは困難…」と言いかけた、次のセリフだ。

"Rome; by all means, Rome."
ローマです。断然ローマです。

"I will cherish my visit here, in memory, as long as I live."
この地の訪問を、生涯、思い出として大切にします。

この"by all means"という言葉の"means"は手段という意味である。いかなる手段に置いても、すなわち、断然という意味になる。また、"cherish"(大切にする)という言葉、そして、"as long as I live"という形容も涙が出そうなくらい美しい。

その「ローマの休日」が50周年記念事業で、復刻されて劇場上映されるそうだ。是非、見に行きたい。

http://www.roman-holiday.jp/

■ 楽して手に入れるものは…
[ 21 ] ■ 投稿日 2003年06月07日 (SAT) 00:59:52
NHKで世界のナベサダ(渡辺貞夫)と18才ドラマーのドキュメントを見た。ナベサダは18才の新人ドラマーと一緒にツアーに回る。新人ドラマーは相当なテクニシャン。微妙なバチさばきのために軽いスティックを愛用している。

しかし、ナベサダは敢えて重いスティックを持たせる。よりしっかりとした音を出させるためだ。重いスティックを使うので、楽はできない。

ナベサダ自身もどのサックスを使うか迷う。今まで愛用してきたサックスは太い音色だがしっかり吹かなくてはいけない。このため体力が必要だ。歳も70歳を迎えている。

一方、もう一本は割りに楽に音がでる。悩んだあげく、体力のいるサックスに決定した。そこで、言ったのが、次の言葉。「楽して手に入れるものは、やはり”それなり”なんだよ。」

さらに彼の言葉が心に響く。「うまいプレイヤーはたくさんいるんだ。でも、うまいプレイは感動を呼ばない。良いプレイだけが感動を呼ぶ。」

テニスや他のスポーツも全く一緒だと思った。フレンチ、サービトンと苦汁をなめている友佳ちゃんだが、楽して手に入れられない目標だからこそ、手に入れた時の喜びは大きい。

勝ってなんぼのプロの世界だが、観客は、感動するプレイが見られるかに興味がある。元気を出して、また、感動するプレイを見せて欲しい。

世界No.1の行動
[ 20 ] ■ 投稿日 2003年05月19日 (MON) 23:28:24
友佳ちゃんがベトナムで優勝した同じ日にミハエル・シューマッハがF1で今季初優勝を飾った。場所はイタリア・イモラサーキット。アイルトン・セナが事故死した場所である。事故からちょうど10年たっていた。彼の優勝回数はいつしかセナの記録を超えていた。

しかし、その日、M.シューマッハは記者会見をパスしてドイツへ帰っていた。母親が亡くなったのだ。実は、予選のころから危篤と知らされ、決勝の前日にドイツへ見舞いに帰っていた。決勝に出場するかどうかの判断は本人に委ねられたと聞く。

テレビで見たスターティング・グリッドのポールポジションにはM.シューマッハがいた。第1コーナーに飛び出したのは弟ラルフだった。結局、決勝日の未明、母親が亡くなったと聞く。

世界No.1の人材は、全世界から並々ならぬ期待とプレッシャーを受けている。ミハエルの行動からはサッカーのカーンやテニスのステフィのようなドイツ人特有の質実剛健さを感じた。

ヒーローの行動
[ 19 ] ■ 投稿日 2003年05月10日 (SAT) 01:39:42
松井選手がTIME Magazineの表紙を飾った。題名はアジアのヒーロー。アメリカ行きは、彼の初めてのわがままだと言う。確かに彼の人柄はとても良い。常にチームのことを先に考えてきたし、記者やファンへの対応は非常に紳士的である。驚くべきことに14才から一度も誰にも暴言を吐いたことが無いという。審判に対しても。

一方、タイからテニス選手のパラドンが選ばれた。その書き出しは耳が痛い。「プロテニス選手は、天性の才能と、異常なかんしゃくの両方を持った人が多すぎる。」僕も岐阜の大会で、選手がラケットを思いっきり叩きつけているシーンを目の当たりにした。

松井の人格の良さは、元々そうなのだろうと思っていた。実は、松井が一言も暴言を吐いていないのには、理由があった。彼が14才、中学生の時、試合中、怒りまかせにバットをピッチャーへ投げつけた。その時、中学のコーチは、みんなの目の前で、彼を思いっきりひっぱたいたそうだ。同様に、その投手も松井との対戦を拒否された。その日以来、松井は二度と自分の感情のコントロールを失わないよう心に誓ったそうだ。例え、甲子園で全打席、敬遠されても…。

巨人の創設オーナー正力松太郎は言った。「巨人は強くたれ、巨人は紳士たれ。」松井に最もふさわしいかも知れない。

■ 春ウララ
[ 18 ] ■ 投稿日 2003年04月08日 (TUE) 22:58:44
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桜が満開である。桜は1年の間にわずか1週間ほどのこの時期だけ、ため息が出るほど見事に咲き誇る。ところで、アメリカに"15 minutes of fame"という言葉がある。誰しも人生のうちで15分間だけ、世間の注目を一身に浴びるような名声をものにするという意味だ。

最近、引退を表明する選手が多い。テニスを含むスポーツ選手のもっとも輝かしい時期は結構、短いかも知れない。けれども、桜の木は一日にして成らず。満開の花をつけるために残り51週間は懸命に生きている。自分にしか咲かせない花を目一杯、咲かせたい。

■ スポーツの対極にあるもの
[ 17 ] ■ 投稿日 2003年03月28日 (FRI) 00:00:03
新聞で、サルの研究をしている人の記事を見た。人間社会はさまざまな集団を作って、それぞれの集団で仲間と付き合う。一方、サルは仲間とよそ者をはっきり区別する。人間がサルと違うのは、時間と空間を越えて仲間を信頼する仕組みを作った社会性にあるらしい。多様な集団を遍歴しながら生きるのが原点だ。

その社会性が失われつつある。テロ対策の大義名分のもとに国連を無視した行動を続けている国がある。サル社会のように集団のルールを徹底させようとしている。

これまで、人間社会はスポーツや文化、芸能などで異邦人を受け入れる国際親善の役割を果たしてきた。戦争になると、真っ先に影響を受けるのは、いつもこれらの人々だ。

移動の際に危険にさらされるだけでなく、オリンピックや大きな大会に向けて努力を続けてきた選手から、その場を取り上げてしまう。言葉、習慣、風習が違っても
同じルールで競い、他者を讃えることができるスポーツ。一方、これらの違いが原因で軍事力に頼り、一般の人を巻き添えにする戦争。早く終って欲しい。

■ 島津で見たもの - 最も身近なプレイヤー -
[ 16 ] ■ 投稿日 2003年03月21日 (FRI) 21:53:12
Webで職場の沿線電車を利用するプロテニスプレイヤーを見つけた。「よねとも」こと米村知子選手だ。ワコールの友佳ちゃんのチームメイト、米村明子選手のお姉さん。

以前から彼女の公式サイトの写真のコメントが魅力的なので気になっていた。彼女の掲示板で「週末に島津に観戦に行くので。ちゃんと残るように。」とお願いした。すると、約束通り、土曜日には準決勝まで残り、そして決勝まで進んだ。

彼女のプレイを初めて見た。厚いあたりのフォア、バックは両手スピンとシングルスライスを持ち、ネットプレイもこなす。加えて長身でエースの取れるサーブ。日本女子はミクロ系の選手が多い中、世界に通用するポテンシャルを備えている。現代テニスのお手本のようだ。

この大会はチャンスだった。第1シードの佐伯選手が棄権し、同じブロックの第2シード、友佳ちゃんは高岸選手に敗れてしまった。そして、決勝にはノーシードの梅原選手が、シードの久松選手を倒して上がってきた。

決勝戦はアッサリ終わることが多い。男子はストレートで終わり、女子も第1セットまではそう思えた。しかし、第2セットは違った。今大会、早いサーフェスのため、ラインジャッジの判定は微妙だった。加えて、主審のポイントのミスカウントも選手をイライラさせていた。運悪く、悲劇は2−4で迎えた第7ゲーム、ブレイクポイントという重要な場面で起きた。

梅原選手がアドサイドへクロスに打ったボールは、サイドを割ったように見えた。ラインジャッジは選手の影で見えない位置だった。主審のコールはない。知ちゃんはアピールしたが、こういう時、判定がくつがえらないのを彼女が一番良く知っていた。

このゲームの後、明らかに知ちゃんの応援が増えた。そこから驚異的にゲームを連取し、タイブレイクに持ちこんだのだが、惜しくもテニスの神様は微笑んでくれなかった。

彼女は実業団に入ってから、プロに転向したと聞く。並々ならぬ苦労を覚悟の上の選択だろう。最も身近なプレイヤー。夢が叶うよう応援して行きたい。

■ 島津で見たもの - 家族 -
[ 15 ] ■ 投稿日 2003年03月17日 (MON) 23:46:16
男子では日本人選手が、ただ一人ベスト4に残った。岩淵聡選手だ。彼のことは友佳ちゃんのサイトの結婚式の写真で初めて知った。同期の選手らしい。とってもアットホームな素敵な結婚式だったと聞いた。

男子準決勝、1セットを落とした岩淵選手は第2セット、打ち合いでは負けていなかった。そして、タイブレイクに持ちこんだ。異様なほど静かな会場に手を打つ女性がいた。ベビーカーを押していた。

本村選手がお子さんを連れてくるのは良く知っていた。岩淵選手も、きっとお子さんができてたのだろう。しかし、この静かな会場は、唯一の日本でのATPチャレンジャーとなっても、ホームが有利と言えるだけの応援がなかった。僕は、たまらず「いわぶち〜。」と叫んだ。返すように女性が手を打った。二人では、少なすぎた。あのタイブレイクを日本人の声援の渦で押し切れば、僕は、きっと優勝できたと思う。

結果は、アウェイでも難なく決勝にすすんだTABARAがそのまま優勝をさらった。日本人のテニス観戦スタイルは変らないのか。サッカーは、あんなに変ったのに。



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